談志が死んだ(立川談志師匠の死)

前回予告編を紹介した映画「月光ノ仮面」は噺家が主人公という事もあり、またここ2、3年落語を聴きかじっている事もあり、亡くなった談志師匠と落語について少し書きます。

僕にとっての「立川談志」(主に後期)という存在は音楽でいうところの「パンク」と似ている。
僕はパンク世代ではなく、パンクに影響を受けたミュージシャンが活躍しだした頃の世代である。
その僕はパンクミュージックとされる音楽にはあまり魅力を感じない。
僕はパンク以前のロックか、パンクに影響を受けたロックが好きである。もちろんパンクでも好きな曲やバンドはあるのだが。
そして僕にとっては、立川談志(主に後期)にも同じ様な事が言える。
僕は落語はレンタルCD(録音)をIPodに落として聴くタイプであり、生(ライブ)は柳家小三治師匠目当てで、寄席(末広亭)に数回しか行った事がない。
よって、よく言われる立川談志のもの凄い「芝浜」は直接聞いた事がない。
だからなのかもしれないが、僕の一番好きな「芝浜」は桂三木助のものである。
では、立川談志は落語家として、大した事ないのかといえばそうではなく、ここはパンク一般とは違い「技術」は凄い。
また、さらに言うと立川談志はもちろん芸暦が長い為、パンク以前のロックだった時もある。
僕はパンク以前のロックだった頃の立川談志が一番好きである。
CD全集で言うところの「立川談志ひとり会落語CD全集第四期」の頃である。この頃の語り口、声が一番良い。声なんかは初期の頃とは違い貫禄もでて、尚且つ艶がある。この全集の中で僕が好きな噺「宮戸川」の女(お花さん)なんかはコミカルでありながら少し色っぽく演じられている。
だから立川談志は、凄い落語家なのであるのだが・・・・・
で、またパンクに話が戻る。
これは僕の個人的な考えなのであるが、パンクミュージックは音楽史には間違いなく残るが、パンクミュージックの作品としては、パンクムーブメント資料としてではなく、音楽作品としては残ってはいかないのではないか。
ある人にとっては「パンク」は生き様であるという。
要は「立川談志という落語家」と「立川談志の落語」のバランスが少し偏っている。もちろん両方とも凄いレベルに達していると思う。
しかし・・・(生意気にづづく)

ひとり会落語CD全集(4)

ひとり会落語CD全集(4)